狗神 映画ネタバレ感想

注意! ネタバレあり〼

©2001 /「狗神」製作委員会

高知県の山あいの閉鎖的な村で起こる、民俗学的な恐怖を描く伝奇ホラー。
オカルト的なホラー描写を抑え、閉ざされた人間社会の因習や因縁から引き起こされる悲劇を描く。

四国というのは極めて古い民間信仰が今なお残る不思議な土地柄であるという。


その山間部の尾峰地区で、圧倒的な富を持つ坊之宮家。
しかし坊之宮家の血筋の女は “犬神筋” と忌み嫌われ、村内では差別的な扱いを受けている。

犬神(狗神)とは、鵺(ぬえ)と呼ばれる妖怪を起源に持つ動物霊の一種であり、願いを叶える一方、邪魔者には呪いをもたらすという恐ろしい存在である。
犬神筋は、その犬神を家内に飼っているとして恐れられている。

参考 犬神Wikipedia

いわゆる「憑きもの筋」と言われる民間信仰は、村社会の中の “富の偏り” を納得させるための装置として機能する。

富を獲得するきっかけは様々であり、それに対する妬みや恐れが長い年月を経て熟成され、“理解できない経済システムの不公平さ” を無理やり飲み込もうとして生まれた歪な結果が「憑きもの」であるとされる。

参考 憑きもの筋Wikipedia

この辺りの「憑きもの筋」に関しては、京極夏彦氏の小説『姑獲鳥の夏』に詳しい。
小説としても非常に面白く、「憑きもの筋」の一面についてもとてもよく理解ができた。


坊之宮家の犬神筋の女である美希は、和紙漉きの仕事をしながらひっそりと坊之宮の分家に身を寄せて暮らしていたが、近隣地区の小学校に赴任してきた晃という若い教師といつしか恋仲になる。

二人が惹かれ合う感情と、和紙漉きの工程の美しさとがオーバーラップで表現される。
古臭さが否めない表現手法ではあるが、実に美しく素直に訴えかけてくるものがあり、適切に使えば適切に作用するものだと感心した。

濃緑の山々と雲の流れの速さ等、何気ない描写で不穏な空気を表現する映像のテンポと色彩には目をみはるものがあり、この時代の邦画ホラーの豊かさを羨ましく思い、映画冒頭から「Jホラー黄金期」とはよく言ったものだと感動すら覚えた。

晃が来た頃から村では不吉な事件が起こり始め、過去の悲劇も暴露されていく。

坊之宮の犬神筋というのは “死んだ母親の霊媒師” と言う側面を持ち、美希も死んだ自分の母親の口寄せをしていた。

誰にも見えていない死んだ自分の母に必死に追いすがろうとする美希の姿がとても恐ろしい。

手を必死に伸ばし地を這いずるその姿は、ホラー映画で悪霊がよくやるそれである。
このポーズは幽霊だから怖いのではないと初めて分かった。

何ものかに激しく執着する、その異常さが怖いのだ。

美希はかつて、そうとは知らず実の兄である隆直と契り、子を成していた。

この悲劇は、坊之宮家自らの手で引き起こされたものと言わざるを得ない。

美希も隆直もお互いに兄妹とは知らずに惹かれ、また二人の子供の最期も教えられることはなく、現在まで二人はすれ違ったままに暮らし続けている。

そして晃こそが、死んだと思われていた美希と隆直の実子であった。

坊之宮の人々がきちんと対処していれば、どこかで止められた悲劇である。

差別意識は村人だけではなく坊之宮の人々自身のうちにも根強く受容されていて、差別を解消するのではなく黙って容認し続けることに腐心していたのだ。


坊之宮家には「血と血と混ぜらせて先祖の姿蘇らん」という鵺の歌が伝えられている。

「狗は兄妹とでも親とでも契る獣だ」とののしられた美希は、実の兄である隆直と契りその二人の子である晃と契り、そして身ごもる。

美希の胎内に宿るのは鵺なのかもしれない。

閉鎖的な村の因習、抑圧された坊之宮家の女たちの狂気、村人の恐怖。
それらが収束して、物語は惨劇へと向かう。

自らの手で父である隆直を殺した晃は、母である美希と抱き合って山中を逃走する。

そして猟師でもある村長が、村に災いを成す獣として二人を狙い撃つ。
この村長もまた “犬神筋の女” と深い因縁を持ち、因習差別の哀しい被害者の一人だった。


映画のラスト、美希は死にかけている晃に「(私たちの子供は)産まれて生きる」と言葉を掛ける。

二人がどうなったのか映画でははっきりとは描かれない。

しかし、美希と晃の子供が、忌まわしい因習を断ち切って、どこかで幸せに成長することを願う。


原作とは少し違うラストらしい。

民俗学的な恐怖や怪村的狂気を描いた作品では、『三日月情話』というドラマも面白かったです。

サムネイル三日月情話【ドラマ】

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本作品の配信情報は2019年12月19日時点のものです。
最新の配信状況についてはホームページをご確認ください。

渡部篤郎さんがめちゃくちゃ美しいです。


原作:坂東眞砂子「狗神」角川文刊
監督・脚本:原田眞人
撮影:藤澤順一
製作年:2001年